「私はちゃんと話を聞いています。」
そう思っている人は少なくありません。
でも、本当に相手は「聞いてもらえた」と感じているでしょうか。
私は傾聴についてお伝えする機会が多くありますが、その中で感じることがあります。
それは、多くの人が**「聞いているつもり」**になっているということです。
聞いているようで、実は聞いていない
「どうぞ、お話しください。」
そう声をかけながら、頭の中では
「何て答えよう」
「どうアドバイスしよう」
「早く解決してあげたい」
そんなことを考えてはいないでしょうか。
相手が話している時間なのに、自分の頭の中では、自分との会話が始まっているのです。
これでは、相手は最後まで安心して話すことができません。
話を途中でまとめられたり、アドバイスをされたり、「分かったつもり」で結論を出されたりすると、「この人は私を理解しようとしてくれている」とは感じられないからです。
自分の安心ばかりを求めていないでしょうか
人は誰でも安心したい生き物です。
理解されたい。
認められたい。
役に立ちたい。
その気持ちは、とても自然なことです。
しかし、自分が安心することばかりを優先すると、知らないうちに相手の安心を奪ってしまいます。
早く答えを出したくなる。
正しいことを伝えたくなる。
「助けてあげたい」という気持ちが先に立つ。
その背景には、「相手のため」という思いだけでなく、自分自身が安心したいという気持ちが隠れていることも少なくありません。
「唯我独尊」の本当の意味
「唯我独尊」という言葉を聞くと、「自分が一番」という意味だと思われがちです。
しかし、本来の意味はそうではありません。
自分は、この世にたった一人のかけがえのない存在。
そして、それと同じように、
目の前の相手も、かけがえのない存在。
そのことを忘れないという教えです。
だからこそ、本当に相手を尊ぶとは、自分の考えを伝えることよりも、まず相手の思いや背景を受け止めることなのだと思います。
心理的安全性は、お互いに育てるもの
心理的安全性とは、「私を安心させてください」と相手に求めるものではありません。
自分を尊び、相手も尊ぶ。
相手が安心して話せるように耳を傾ける。
その積み重ねが、「この人なら安心して話せる」という信頼を育てていきます。
経営者やリーダー、そして人を育てる立場にいる人ほど、この姿勢が求められるのではないでしょうか。
人は、正しい答えをもらったから心を開くのではありません。
「この人は私を理解しようとしてくれている。」
そう感じたときに、初めて安心して本音を話せるのです。
まとめ
- 「聞いているつもり」が、相手の安心を奪ってしまうことがある
- 本当に聴くとは、答えることではなく、理解しようとする姿勢である
- 「唯我独尊」とは、自分だけでなく相手もかけがえのない存在として尊ぶこと
- 信頼は、相手が安心して話せる関わりの積み重ねから生まれる
相手の言葉を最後まで受け止めること。
それは、相手を尊ぶということです。
あなたは今日、目の前の人が安心して話せるような「聴き方」ができていますか。